#深夜の俺の戯言

昼間の戯言でも深夜テンション。

キャリア形成① 就職①

想定読者は

1. 未来の大学生

2. 未熟な大学生、悩める大学生

3. 親などの素人キャリア教育者

である。

ツイッターのフォロワーの関係上、2が極端に多くなると思うが、良いと思ったら拡散して欲しい。

 

記念すべき初回は「キャリア形成について」、特に「就職について」である。

 

そもそも大学卒業者(学部)のどれほどが就職を選択しているかというと、平成29年度のデータでは、76.1%の割合で、人数にすると432,333人である。

http://www.mext.go.jp/component/b_menu/other/__icsFiles/afieldfile/2018/02/05/1388639_1.pdf 文部科学省 学校基本調査 2018

ちなみに修士課程修了者は78.2%、博士課程修了者は67.7%が就職を選択している。

 

日本では、大学院生も「罰金制度」と揶揄されるように、学部生同様学費を払う。

「罰金」を払う同期がいる中、4年次で卒業して社会に出て働こうというのは立派である。

 

「就職」と大きく語り始めたが、はじめに、学部卒が就職する際にどのような傾向があるのか見ていきたい。文系理系間で職業選択傾向に差はあるのか、突き詰めれば「高校生の進路(キャリア)選択」の問題に踏み込んでいく。

 

数多くある企業等を産業や商業で分類したものを「業界」という。業界はその役割から大きく8つに分類される。具体的には「メーカー」「商社」「小売」「金融」「サービス」「ソフトウエア・通信」「マスコミ」「官公庁・公社・団体」であり、それらの詳しい説明はマイナビなんかがしてくれる。

https://shinsotsu.mynavi-agent.jp/knowhow/article/industry-list.html

これらの業界や、それぞれの下にどのような産業が分類されているのかを念頭に置いて、次のグラフを見て欲しい。

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これは、5つの分野別の卒業生が、20に区分された産業にどれくらいの割合で就職したのかを示すグラフだ(平成29年度 学校基本調査より古林作成)。

 

まず、いわゆる「文系」に括られる人文科学系と社会科学系について傾向を見てみる。

 

人文科学系と社会科学系の傾向は全体的によく似ている。

どちらも最も就職割合が高いのは卸売業・小売業で、20%近くを占めている。卸売業界は大手財閥やトヨタのグループ会社が大部分のシェアを占めていて、小売業はイオンに代表されるスーパーやコンビニ等が該当する。採用人数も多い。

 

次いで、金融業・保険業の占める就職割合がどちらの分野においても高い。銀行やナントカ保険のような会社だ。これらもかなりの採用枠がある。ただし社会科学系の方が人文科学系より4.2%割合高だ。経済学という専門を活かしている可能性がある。


それ以外の大半の業界における割合比は概ね同じである(「割合比」=(人文科学系のある産業における就職割合)÷(社会科学系の就職割合)<1±0.2)。


人文科学系>社会科学系(割合比>1.2)の就職割合となる業種は

教育・学習支援業、運輸業・郵便業、宿泊業・飲食サービス業、生活関連サービス業・娯楽業、その他サービス業 である。総じてサービス業が多い印象を受ける。特に教育・学習支援業は割合比が3.9と非常に高い。背景については後で簡単に触れる。


一方で 社会科学系>人文科学系(割合比<0.8)の就職割合となる業種は

建設業、金融業・保険業、不動産業・物品賃貸業、医療・福祉、公務 である。傾向として社会科学系の学生は、人文科学系の学生よりも専門を活かして就職するように見える。

社会学は建設業・福祉・公務とよく関連し、経済学は金融業、法学は不動産業や賃貸業、といった具合に、専門を活かしやすいように見える。


文系まとめ

・人文科学系と社会科学系における産業別就職割合の傾向は基本的によく似ている

・どちらも小売業界、金融業界の就職割合が高い

・人文科学系は社会科学系よりも教育業とサービス業の就職割合が高い

・社会科学系は人文科学系よりも専門を活かした就職をする傾向にある

 

 

次に「理系」に分類される理学系、工学系、農学系について見てみよう。

もう一度グラフを貼っておく。

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全体的に見て、分野別に就職割合の傾向が大きく異なる。また、理系分野における学術研究,専門・技術サービス業の就職割合は、文系分野のそれよりも高い。これらのことから、理系は文系よりも専門性を活かした就職をしていると言える。学部卒でもだ。

 

まず理学系について傾向を見ていこう。

最も就職割合が高いのは製造業で18.9%、次点は0.4%の差で情報通信業である。

またグラフには示していないが、製造業の中でも食料品・飲料・たばこ等嗜好品のメーカーを除くと、化学工業、石油・石炭製品製造業の割合が高くなる。これは(やや)専門を活かしていると言えそうだ。

 

それらの次に就職割合が高いのは教育・学習支援業の12.7%、卸売業・小売業の11.7%である。

教育業への就職割合が高いのは理学系の特徴でもある。理学系の学生は、その専門を活かした就職窓口の少なさから教員資格を取る場合が多く、そんな背景を反映していると考えられる。先に軽く触れたが、人文科学系にも同様な傾向と背景が考えられる。

(注: この統計において教員は公務ではなく教育業に分類されている)

 

…理学徒の私にはデータには現れない、学生たちの苦痛な叫びが聞こえるが、それはまた別の機会に。

 

次に工学系について。

パッと見ても特徴的なグラフであるが、上位3産業、すなわち製造業27.1%、建設業17.6%、情報通信業17.2%のみで就職割合は60%を超える。非常に専門に特化した就職ができていると言えよう。

資源に乏しくモノづくり産業でのし上がってきた日本において、製造業は国家経済の基盤である。そこへの就職割合が断然高い工学系は、言わずもがな、強い。


他の17の産業項目中、比較的高い就職割合を占めているのは卸売業・小売業(7.0%)、学術研究,専門・技術サービス業(6.0%)、その他サービス業(7.5%)である。

卸売業・小売業について、このグラフでは示していないが、全分野中で唯一工学系のみ、卸売業就職割合が小売業就職割合よりも高い。

また、学術研究,専門・技術サービス業に高い専門性を要することは容易に想像できる。


以上のことから総括して、工学系は非常に専門を活かした就職をする傾向があると言える。

 

 

最後に農学系について。


まず注目すべきは、どの分野よりも農業・林業への就職割合が高いことだ。農学系の中でも4.3%と決して就職割合が高いとは言えないが、専門を活かした就職と言えることは疑いない。


そして理学系・工学系と同様、製造業への就職割合は高く、20.4%である。

反対に理工系と異なる点、すなわち農学系の特徴は、情報通信業への就職割合が低く(4.7%)、卸売業・小売業への就職割合が高い(17.8%)ことだ。この特徴は理工系よりも文系の特徴と似ている。


また、公務への就職割合も全分野中もっとも高く、11.9%を示す。

しかしどう言った経緯で農学徒が公務を志すのか、私にはアイデアがない。農学徒はじめ、皆様からの意見を聞きたい。


農学系についてまとめると、専門を活かした農業・林業への就職が見られる一方で、製造業や小売業界への就職割合が高いといった、文理それぞれに見られる特徴を有する。これは農学部の入試形態を反映している可能性がある。

 

理系まとめ

・分野ごとに就職する産業の傾向は大きく異なり、文系よりもずっと専門性の高い就職をする

・中でも工学系は非常に専門に特化した就職をする

・農学系は農業・林業への就職が一定の割合見られ、文理それぞれに見られる特徴を有する

・理学系は就職窓口の少なさという背景から、教育業界への就職割合が比較的高い

 

 

総括

つまりこういうこと↓

・文系は職業選択を先延ばしできる!!!

・理系は専門を活かして就職する覚悟を持て!!!

 

多くの日本人は高校1年か2年で「文理選択調査」のような紙切れを提出する。その選択が数年後にどのような形で影響するのか、ここまで考えられるだろうか?気付けるだろうか?

「数学ができるから理系/できないから文系」のような短絡的思考から導かれる結果は、自分の描いた青写真とは全く違うことになりかねない。文理選択や大学の学部選びも本来は慎重にせねばならなかったのだ。

 

だから高校生をはじめ、未来の大学生に言いたいことは、「文理選択のメリットデメリットをよく考えろ」「理系になるなら専門を仕事にする覚悟を持て」ということ。

すでに文理が決まってしまった大学生や受験生に言いたいことは、「現状を受け入れろ」「(理系は特に)傾向を分析して大学で専門を磨け」ということ。

親などの素人キャリア教育者に言いたいことは、「社会人の目線から文理選択のリスクを提示してやれ」ということ。

 

 

というわけで、自分の進む道が少しは見えてきただろうか?高校生はここまでできれば上出来。

大学生は、次の段階。就活を始めよう。

4年で卒業したその春、どんな自分になりたいか?そのためにはこれから何をすべきか?

 

一緒に考えていきましょう。

 

 

追記

今回触れなかった教育、図書館、医学、芸術系等についても、機会があればまとめたい。もっとも、資格が得やすい学部学科ではその産業へのバイアスがかかることは当然であろうが。

芸術系については最近少し興味があるため、調べてみようと思っている。

 

 

また、グラフに示さなかったより詳細なデータも、以下のリンクから確認できる。

https://www.e-stat.go.jp/stat-search/file-download?statInfId=000031656101&fileKind=0

 

今回作成したグラフだが、凡例や横軸の文字が見づらい。iPhoneのエクセルアプリで作ってみたがイマイチだめだ。時間ができたらPCで描き直して差し替えます。

戻り鰹

今週のお題「最近おいしかったもの」

 

「魚屋」の冠を屋号に持つ居酒屋で、僕はバイトをしている。

個人経営の小ぢんまりとしたお店は、毎日数人のバイトと店長で回っている。

 

「飲食バイト」というと敬遠されがちだが、このお店、毎日賄いがつく。そして魚屋のそれは苦学生にはとても勿体無いと同時に、貴重な栄養源なのだ。

 

足早に秋は過ぎ去ろうとしているが、今の季節は戻り鰹が旬である。

魚屋が朝方仕入れた鰹の刺身がその日の賄いであった。

 

腹に蓄えたゆたかな脂肪は白くてらてらと光り、刺身をちょいと付けた醤油には薄い油膜が張った。

 

一口で、頬張る。

 

「んめぇ〜〜」

 

ヤギさながらの間抜けな声が出た。

 

魚の臭みは少なく、油分の甘さが滲む。

新鮮で真っ赤な切り身は、これが間違いのない上等な鰹であることを物語っていた。

 

ゆっくりと、しかしあっという間に、僕は鰹を平らげた。

「ご馳走様でした」

そうして思わず続けたのだった、

「来世も美味しい鰹に生まれてください、そしてできればまた私の腹の中へ」

 

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追記: 共に造って頂いた秋刀魚の刺身も無論美味い。しかしこの鰹を前に、名脇役に成らざるを得なかったのだった。

大学について、連載したい。

卒業がちらつき始めた。

沢山の思い出と、同じくらいの後悔を抱いて、最後の数ヶ月を過ごすのだろう。

 

我ながらこの学生生活を通じて本当に成長したと思う。成長の要因を卒業の前に書き記す。そして是非、未来の大学生に、未熟な大学生に、大学生の親に、読んで欲しい。

 

アウトラインとしては

 

大学とは

 日本の大学の現状

 社会的価値、行く意義とは

 

学ぶことについて

 学問とは

 基礎科目

 専門科目

 サボりかた

 研究とは

 研究生活、力の入れ方

 大学院

 

サークル活動

 人脈

 活動

 損益

 ブラックサークル

 組織経営論

 

学生生活とお金

 アルバイト

 奨学金

 研究費用

 

キャリア形成について

 就職

  文理の差

  就活

 進学

 履歴書に穴を空ける

 

このようなものを想定している。

まあ書いてるうちに変わってくるとは思うが。

 

等身大の、ごく平凡な、なんの取り柄もない一大学生がこのようなものを書くことに意味があると信じて。

今回は書き切る。

Code: A Major

蝶の只一度の羽ばたきが嵐をも呼ぶ。

 


キャパ600、着席率60〜70%の小さなホールで感じた残響と食い気味な拍手は、何処かとんでもない方向へ、俺の人生をゆっくりと運び始めたのかも知れない。

 


去る8月18日、博多のFFGホールという地銀所有のホールへ歌いに行った。3月ぶりの本番である。

"四大学 Joint Concert 2018"と銘打たれ、九州大学立命館大学岡山大学、そして筑波大学男声合唱団4団体が結集した。

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ここ2年は陰キャの巣窟もとい筑波大学男声合唱団メンネルコールを中心に歌い、10人弱の小規模な合唱をしていたが、入団後初の合唱ジョイコン、やはり100人を超える漢のPowerは凄まじい。忘れかけていた合唱の醍醐味の一つを再確認したのだった。

 


しかし此度最も強く感じたのは合唱の素晴らしさではなく、青春と後悔、これに尽きる。

 


日々に歌い、いざ本番ステージの上では俺こそが主役と息巻いて僕は歌うが、毎度のことながらこれは至上の喜びである。命を燃やしている感じがする。

 


適度な緊張感の中に音楽は始まり、興奮と高揚と照らすスポットライトの熱は身体を温め、最後小節のAメジャーは豪傑に響き、熱狂の拍手の中で緞帳は下りた。

たった9人でやり遂げたのだ。凄まじい達成感があった。どよめく拍手と又聞きした我々への評価が、それは名演であったことを裏付けしていた。

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共に時間と労力を費やした連中と一緒に喝采を浴び達成感を得たとき、「ああ、青春してるなあ」と感じた。俺の青春はいつも舞台の上にある。

学生最後の夏に、漸く初めて、学生らしい青春の感動を覚えた。同時にこれが最大の後悔でもある。

 


驚くべきことに、2014年に入学して以来、唯の一度も青春の感動を味わっていなかったのである!!これは由々しき事態、なんて勿体無いことをしてしまったのだと反省している余裕もない。俺が学生でいられるのはあと半年しかないのだから。

 


後悔はその原因を探らせた。

愛校心の欠如、これが最たる原因であろうと結論づいた。

 


愛校心無くして、学生はどうやら青春を得ることができぬらしい。学生は当然学生でいる時間が一番長いのであるから、そこへの所属意識、すなわち大学への所属意識がなければならない。

ある社会への所属意識の薄さが精神的不健康を呼び込むことは、先の鬱で学んだことだ。

 


正直言って、あまり筑波大学が好きではなかった。交通の便は悪いわ、遊ぶところはカラオケとイオンしかないわ、冬は寒いわなんだの、それから高校に比べて楽しくないと思っていたり、そもそも第一志望ではなかったことが大きいことをここに告白する。

 


入学直後は割と学歴コンプに苛まれもしたが、自然に消えたと思った。しかし学歴コンプがもたらしたネガティブなイメージが問題だった。それらを自虐的に用いながらも、本心で大学を嫌っていた節がある。

 


それから陰キャで真面目でオタク気質の筑波では、不真面目で不健全な大学生の遊び方や楽しみ方が身につき辛い。1年次でヤバめのサークルに捕まり以後サークル活動を怠慢していた罰である。

これではいつまでも輝かしいかつての高校時代の青春を求めるのも無理はない。求めるものが違った、大学生には大学生の青春がある。

 


そんなワケで筑波大学が嫌いだった。

斜に構えて筑波の風を避けつつ、度々横浜で飲んでいた。

 


ところがどっこい、ジョイントコンサート様様である。

 


他の大学がいる前で、筑波大学の名を背負ってステージに立つこと。

東京文理科大学 高等師範学校 校歌を誇り高く歌い継ぐこと。

 


そんな簡単なことで、遠く離れた九州から、俺の愛校心は筑波に芽吹いた。

 


大君の宮居近く、

桐の葉と照り明るもの、

母校よ、大塚、甍 巍々たり。

教化の國本、眞の智徳、

培へ、育てよ、理想に生きつつ。

與へよ、総てを、没せよ、己を。

愛なり 道なり、至上の善なり。

(北原白秋作、校歌3番より)

(ちなみに作曲は山田耕筰)

 


かつての東京教育大学の諸先輩方が胸に抱いた誇りを、その名は変われど校歌を通じて受け継いだ。校歌のあらましやその意味は、先輩からのありがたい説教から学ぶものである。今一度感謝を。

 


ついでに大学生の遊び方を再確認した。

 


酒。男しかおらぬのならば一二も三も酒。

百余人の大宴会で飲めや歌えの馬鹿騒ぎ、焼酎空くまでラッパ飲み、「ありのままで」と宣いながらおちんちんを丸出し、おもむろに(上半身)裸になった男どもが抱き合う。

ありがとうジョイントコンサート。

ありがとう九州大学

ありがとう九州の酒と肴。

 


かくして、ジョイントコンサートで僕は学生の青春を満喫した。

 


しかしこの身分もあと半年。

味わいたいのだ、可能ならばもう一度、この青春の感動を、贅沢を言うならオーディエンスの喝采と共に。

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今はひたすら、青春に飢える獣だ。

#1000字日常 その1

「『半同棲』ってなんだよ」

 

私が高校生、いや大学生になっても、その言葉の持つある種の矛盾が謎だった。

すべてカップルは、同棲しているカップルとそうでないカップルしかいないはずなのだから、そこに「半」という言葉を持ち出すのが理解できなかった。

0 or 1 で議論すべき問題に「小数も考えようよ」と言わんばかりの、まるでグループディスカッションで悪目立ちする学生のようだ。

 

ところがそんな私にも彼氏ができた。来週で1年を数える。

これまでの20余年、全く恋愛に縁がないというわけではなかったが、あまり上手くいった試しがない。それ故、正直少し驚いている。

 

相手はサークルで知り合った2個上の先輩で、顔は中の上といった感じ。お洒落には無頓着。しかし私は彼のスッと通った鼻筋が好きだ。

 

そして交際を始めて半年が経った頃(いやもう少し前だったか)、私は彼に合鍵を渡した。

かくして「半同棲」は始まった。

 

半同棲」とは言い得て妙である。これは「同棲」でも「同棲でない」でもない。紛うことなき「『半』同棲」なのだ。

 

親しい仲の友人に打ち明けると、素直に羨ましがられた。

何が一番幸せかと尋ねられた時には

「『おかえり』と言ってくれる人がいてくれること」

と答えた。私は勿論、友人も赤面した。

 

 

彼はしばしばいなくなる。

というのも、どうやら方々に飲み友達がおるらしく、多い週は3,4日飲み歩いている。

玄関を開け、習慣になった「ただいま」の虚空に搔き消えるときが、ひどく寂しい。

 

寂しさを紛らわせるため、彼の外出に合わせて少し出掛けてみよう。

そう思い立った私は、電車を乗り継ぎ浅草へ赴いた。

初めての浅草は彼と一緒で、京都よりもずっと日本的だと思った。ゴタついた町並、狭い路地、新旧の融合、江戸の下町。

 

入学シーズンの只中、隅田川は正しく「春のうらら」で、花筏流れる川沿いを散歩した。

向こうにはスカイツリーが見える。アサヒビールの金色オブジェも変わらずにある。

 

当たり前の毎日はいつもどこにでもある。

 

土産に下駄を履いて帰った。下駄と言っても二枚歯は初めてのヒールよりも履きづらく、諦めて「普通の」下駄を選んだ。

 

春の夜のくすぐったい香りの中でわざとらしく下駄を鳴らした。

 

「ただいま」

「おかえり」

 

彼の帰りは思ったより早く、少し酔って抱きつく彼からは、悪い大人のにおいがした。

 

ある一夜の記録

【2018年2月28日】

 

【16:16】1

横浜駅に着いた彼は、駅構内にある区役所出張所へ赴き、戸籍謄本を得た。横浜市栄区以下の番地を知らなかったが故、父に尋ねて暫し待つ。

受け取った戸籍謄本をまじまじと眺め、亡き祖父の名前を初めて知る。

 

【16:50】1

横浜駅西口を出てすぐのマクドナルドに彼はいた。時間帯柄女子高生も多く、狭い敷地内の急な階段を見上げるとそこは極楽で、4枚を記憶の宝箱へとそっとしまった。

明らかに馬鹿な女子高生が馬鹿な話題で盛り上がっている姿に可愛げを覚える頃、ふたりは合流した。戸籍謄本と変態は、開店前の鳥貴族へと足を向ける。

 

【17:00】2

オープン直後の鳥貴族はとても静かであった。午前中に都内で就活を終えたスーツ姿の変態は喫煙席を選ぶ。彼は家に帰るまでに一箱開けてしまいたかった。戸籍謄本も彼から数本譲り受け、久々に煙草を吸った。

生ビールをふたつ頼み、キャベツをひたすらにおかわりする。ここで、同級の女を誘うことに成功。急いで2杯目を飲みきり、余ったヤニを吸いきり、足早に女を迎えに行く。

 

【18:15】3

女は1時間しか居られない。何故ならこのあと、新橋の男に会うからである。浮いた1時間は手頃な男からの手頃な誘いで埋まった。

一行は西口近くの甘太郎に入る。女はカシスウーロンを頼んだ。酒は強い方ではない。半分飲んだあたりから下世話な話に興じる。飲み始めは、新橋で男に会って奢らせたら帰ろうと思っていた。しかし下衆な話が咲くにつれ、帰らなくていいような気がして来た。

 

【18:45】4

変態に呼ばれた彼はここで店に合流する。変態は、女は来ないものだと思っており、布石を打っていたのだ。

布石は当時、あまり女とは話さなかった。客観的に女が美人であることは事実で、布石は自身が布石と自覚しながらも、その幸運と誘ってくれた変態に感謝した。

戸籍謄本は澪を頼み、女に手酌をせがんだ。乗り気な女は皆に手酌をし、阿呆な男共はそのエンタメにひどく興じた。

 

【19:30】3

女が新橋に抱かれに行くというから、男共は横浜駅までの「お見送りジャンケン」をし、布石がその権利を勝ち獲った。

女は1,000円を払おうとし、3人は拒否をした。それでも机にお札を置くから、その1,000円の命運は布石に託された。

しかし店を出た布石は女のオーラに圧倒され、呆気なく店の前で見送りを終えた。さらに情けのないことに、英世を握り締めて帰って来る。

 

【19:50】4

布石に呼ばれた彼はここで店に合流する。彼はこの春から文学をしに大学院へ通う。

文学は、女の顛末を肴にビールを飲む。文学と皆は久しぶりの再会で、女の気配の消えた卓では下衆い会話が加速する。

 

【20:20】5

戸籍謄本に呼ばれた彼はここで店に合流する。全く別件の飲み会で横浜にいた彼は、運悪く捕まってしまった。

悪運もまたビールを飲む。

 

【21:15】6

戸籍謄本に呼ばれた彼はここで店に合流する。浪人して東大に落ちて以来、同級生の前にはめっきり姿を見せなかったが、今日はどういう風の吹き回しか行こうと思った。

かくして役者は出揃った。

 

浪人もまたビールを飲む。だがそんな浪人、女に振られて大学院進学に支障が出ている。酔っ払いどもにはそれが大層愉快で、次なる止まり木へ移ることにした。

 

【21:30】6

横浜に雨がちらつき始める。

面子界隈で御用達の安い中華屋に落ち着き、再び話に花が咲く。

彼は浪人中、ホテルに泊まっていた。親心で少し多めに包んだお金を、何を間違えたか、浪人はデリヘルを呼ぶために使った。

それは馬鹿な男の心を鷲掴みにし、皆の酒は進む。

 

【23:15】4

雨足は徐々に強まる。

布石と悪運はここで帰るというから、残った4人は次なる店へと向かい、面子界隈で御用達の安い水産屋に落ち着いた。

かつての同級に極めて面倒な電話をするなどしてだらだらと飲んでいたら、店から締め出される。

 

【2018年3月1日】

 

【3:00】4

二つ下のフロアにあった白木屋に拠点を移す。

札幌ラーメンを4人前頼み、此度は延々と上がり茶を飲む。

酔いもいい具合に回り、量子論から現代文学まで、ぐちゃぐちゃの話をしながらラーメンをすする。

まるで永遠に続く夜も、明けようとしている。

 

【5:00】4

雨はピークを迎える。

ダッシュで開店直後のはなまるうどんに転がり込んだ。美味いとも不味いとも言えない微妙なうどんはたったの130円で、酒で爛れた消化器官を優しく潤す。

向かいのドンキで傘を買い、横浜駅へ。

酒屋の車が空いた生樽を回収している。一晩でこの街の胃袋に入った生ビールはどれくらいかしらん。そんなことを考えては眠気が襲う。

 

【5:45】2

変態と文学はJR、戸籍謄本と浪人は相鉄線に乗る。人波に逆らいホームへ上がり、戸籍謄本は日記を書き始めた。

 

【6:50】1

駅に着く頃、雨は止んでいた。

戸籍謄本は無性にこの一夜を残したかった。

シャワーを浴びる父に気付かれず静かに着替えてベッドに入り、書きかけの日記を完成させる。

鳴らない鐘

 

 

「変えられるのは自分だけだ」

という金言がある。

 

専ら環境に対して不平不満を持つ輩に対して、戒めの意味で使うことと思う。

 

言葉の裏の意味は、「他人は変えられない」であるから、稀にこの言葉は、他者を己の正義に基づいて変えようと強いる人に対して警告するために用いられる。

 

後者の意味で今一度言おう。

 

「変えられるのは自分だけだ」

 

 

思うに、彼には彼なりの正義があって、何より自分の行動に対する自信が凄まじいのだろう。

自分は正しいことをしているという自信や、必ず相手に影響を与えている自信というか、きっと今までそういう風に生きてきたのだと推測する。

 

だから打っても鳴らない鐘を目前にした時、鐘の鳴らない仕組みを理解しようとしないのだ。

「この俺が打っているのに、なぜ鳴らないのか」

こう憤ったに違いない。

 

鐘は思った。

「今は鳴りたくない」と。

鐘にも意思があったのだ。

 

他者とは総じてそういうもので、これまでうまくいき過ぎた人は、時に他者を鐘と見做す。鐘にも意思があることを忘れてしまう。

だから時たま現れる「鳴らない鐘」を敬遠する。

 

 

別に正義を否定する気は毛頭ないし、客観的に見ても彼の行為を咎める人は多分いない。

その「正しさ」も助長して、憤りは募るばかりかと察する。

 

ただ、打てども鳴らぬ鐘もある。

変えられるのはいつも自分だけだ。

だから、ここで今一度立ち止まって見直して欲しい。それは鐘ではない。

それは俺だ。

 

 

当たり前のことだが、他者は自分ではない。

思い通りにならないからといって、変に気に病む必要はない。

もっと柔軟に物を見ることができたらいいねと思う。自分の正義を押し付けるだけでなく、他人の正義にも耳を傾けるくらいでいい。多様性を尊重して欲しい。

他者に対してできることなんて、せいぜい、客観的で冷静な助言くらいなものだ。

自分の考えにそぐわない選択を他者がとる度に反応してたら疲れちゃうけどねと俺は思う。

でもその辺の気にかけてくれてる感じは心底感謝してたりする。

 

 

モヤモヤがあったからザーッと書いた。

 

来年度こそは鳴りたい鐘より〆