生まれてはじめて技術革新に対して恐怖を覚えた。
先人たちもそうだったのだろうか。
火薬の発明、産業革命、核兵器、インターネット。ガラケーからスマホへの移行もそうかもしれない。
「スマホは分からんから嫌い」などと言うオッサンを、高校生の頃の自分は見下していた。彼らのスマホに対する嫌悪感が無知から来ているであろうことは、なんとなく直感していた。
技術革新は常に人類の味方であるのに、それを拒否するとは何事か。彼らの成熟しきった世界観の中には新しい技術を受け入れる余地はなく、無知を理由に恐れ、嫌悪し、排除する。正しく老いの象徴である。そう思っていた。
私はいま、AIが恐ろしい。
ここに来て最新技術を恐れる自分がいることにも驚いているし、これが老いの始まりかと、人生を進んでいることを実感して少し楽しんでいる自分もいる。
初めて生成AIに触れたのは、手元の記録に残っている限りでは2022年の8月23日のようで、画像を生成している。

その後、音楽生成AIをすこーしだけ触ってみたり、2023年の2月17日にはChatGPTと会話をしている最古のログが残っている。
当時のモデルでは、簡単な算数の計算もできなければ、変なラーメンの食べ方しかできなかった。
その後の進歩は目まぐるしく、みなさんご存知の通りである。
「コーディングは既に解決した問題である」とClaude Codeの開発者が言うように、難解なコードもものの数分で書き上げ、複雑な推論や計算もそつなくこなす。
週単位、あるいは日単位で、改良されたLLMが開発される。当初ChatGPTと行っていたコーディングも、気づけばClaudeのモデルで行うようになった。
もう付いていけないような状況の中、Mythosの制限付きリリースが報じられたのが先月。従来モデルと比較しても極めて高いベンチマークを示している。
このモデルへのアクセス権を巡って、またこういった超性能AIによるサイバー攻撃の脅威に対して、世界中の偉い人たちが慌てている。
「ゼロデイ脆弱性の自律的発見やその悪用」などという字面は見るからにヤバいし、Claudeの開発元が敵対国認定している中国でも、同様な性能を持つモデルは半年から1年以内に開発される見込みであるという。
間違いなく世界の形が変わる。
そして、2045年を待たずにシンギュラリティはやって来るに違いない。もう今年や来年でもおかしくない。指数関数的に変容する世界が怖い。
…などと、自分にどうしようもない世界の変容を憂い、恐怖に足を竦ませてしまってはいけない。
指数関数的に成長する世界はいつだって始まったばかり
なのだから。
その傾き方が大きくなり始めて、個人がその変化速度を知覚し恐怖するまでに掛かる時間が30年とか40年とか、そういうスピード感で世界は成長しているのだろう。
そんな世界の中で、逆説的に人間臭く、原始的な繋がりや幸福を人類は求めるはずである。
今一度、自身の至上命題を見直したい。
8年くらい前に掲げたそれは、「観測半径内の世界平和」だが、この激動の時代を生き抜くに相応しく思う。
自身のコントール範囲外にある世界を憂いても仕方がない。せめて自分の手や目が届く範囲の世界の平和を守る。そのために全霊を尽くす。ブレてはいけない。捨て置かなければならない世界もある。
それから、自身の感性を信じること。
美しいもの、興味を持つもの、守りたいもの、没頭できるもの。
音楽や芸術、自然、創作、家族、研究、宗教……何でもいい、大切だと思うものを信じ抜くこと。これもブレてはいけない。価値判断基準を、自身の外側に置いてはいけない。激動の世界に身を置く我々は、自身の内側に碇を下ろさなければならない。
私の場合は、多分ギターや家族だろう。
ギターが上手くなりたい、死ぬまで少しずつでもいいから上手くなりたい。
家族を愛したい。目と手の届く範囲で危険から遠ざけたい。
それだけでいい。
そして最後に、この不透明で不信感の高まる世界において、人間を信じることをやめてはいけない。
人間の善性を祈り、信じる。
技術は人間の愚かさを増幅させると同時に、生活を豊かにすることも確かである。
他者は鏡である。自分自身の善悪を、他者の瞳の中に見出す。
ホモ・サピエンスの獲得した共感能力、その遺伝子を信じて、人間を信じる。青いボタンを押す。
シンギュラリティのその日から、本当に問われるのは何か?
大きく変革する世界の生き方は、きっとこの遺伝子に刻まれている。
