23:30 新宿。
JR方面と小田急方面に分かれる面子は、東口改札前で挨拶をしていた。
ふと、雑多な人混みの中から、私を呼ぶ声がする。
「久しぶり」
彼女は言う。
固まった。私は固まった。
完全な不意打ちを喰らい、私の脳は思考することをやめた、思考ができる状態でなくなった。
貴女は誰だ。
2秒ほど思い出すフリをして、適当に、そして少し大袈裟に「久しぶり」と返事した。
「本当に久しぶりだね」と言う彼女の声を聞いて、彼女が誰なのかを思い出した。
元カノだ。
大学2年のころ一時付き合っていた高校の同級生だ。
思い出せなかったことを心底申し訳なくおもう傍ら、彼女は本当に私のことが好きだったのだと思った。
かつて私の好きだった人ならば、私は人混みの中からでも見つけ出すことができるだろう。
彼女はそれを成し遂げたのだ。
逆に、私は彼女を人混みの中から見つけることはなかっただろう。
別れの挨拶を交わす輪の中にわざわざ割って入り私に声を掛け、昔を懐かしむ彼女の心中を慮った。
堰を切ったように話した後、足早に去っていく彼女の背中を、私は少しだけ愛おしいと思った。